今回のテーマは「感情的意味合いの強い言葉/単なる再記述」である。まずは「感情的意味合いの強い言葉」という誤謬・詭弁について説明しよう。以下は引用である。
感情的な意味合いの強い言葉
感情的な意味合いの強い言葉は論証を成立させない。それは、むしろ相手を操作しようとするものだ。
(アンソニー・ウェストン著・古草秀子訳『論証のルールブック(第五版)』(ちくま学芸文庫、2018年) p187)
「議論」のページに掲載した記事においても何度か述べているが、基本的に議論においては、議論参加者による感情的な言葉の使用は禁止である。以前紹介した「同情心に訴える論証」(同情心に訴える論証/衆人に訴える論証 | ギロンバ-議論場- (gironba.com))もこの誤謬・詭弁の一種である。
なぜ、感情的な意味合いの強い言葉を議論や論証の中で用いてはならないのか?なぜなら、感情的な意味合いの強い言葉は「相手を操作(誘導)しようとするもの」であり、相手の言葉を(自分の都合の良いように)曲解する・変形させるものであるからだ。
詳しくは、感情的な言葉の使用と他者の意見の変形は禁止 | ギロンバ-議論場- (gironba.com)という記事で述べています。是非参考にしてください。
次に「単なる再記述」という誤謬・詭弁について説明しよう。以下は引用である。
単なる再記述
前提として、具体的な独立した根拠を示すのではなく、結論を言い換えただけの内容を提示すること(単なる再記述は論点先取の広義の一形態だが、前提が結論を十分に提示していると言えるほどには前提と結論が確立されていない。単なる再記述を別々の誤謬として考えると分かりやすい)。
レオ「マリソルは素晴らしい建築家だ」
ライラ「なぜ、そう言えるの?」
レオ「マリソルはビル設計に優れた才能がある」
素晴らしい建築家であることと、ビル設計に優れた才能があることは、基本的には同じことだ。レオは最初の自分の主張を裏付ける具体的な根拠を述べたのではなく、単に言い換えただけだ。ここでの根拠としては、専門家の意見や、マリソルが設計したビルの具体例が考えられる。
モリエールの戯曲『病は気から』に、単なる再記述の代表的な例がある。もったいぶった医者の一人が、薬がなぜ眠りを誘うのかと尋ねられて、「催眠の原理」があるからだと答える。ちょっと聞くとなるほどと納得するものの、よく考えれば、この答えは薬が人を眠らせると言っているだけで、その理由については何も語っていない。答えのように見えるが、実際には何も説明せず、繰り返しているだけなのだ。
(アンソニー・ウェストン著・古草秀子訳『論証のルールブック(第五版)』(ちくま学芸文庫、2018年) p187~189)
これは、特定の結論を支持する前提の内容が、その結論の内容の言い換えでしかないという誤謬・詭弁である。つまり、結論において記述した内容を前提において「再記述」しているという意味で「再記述」と呼ばれているのだ。
引用内の例はとても分かりやすい。結局、レオは「マリソルは素晴らしい建築家だ。なぜならマリソルはビル設計に優れた才能があるからだ」と述べているに過ぎない。言わずもがな、これは論証になっていない。レオの発言が、中身の無い発言であることは容易に分かるだろう。モリエールの戯曲『病は気から』の医者もまた同様である。それらしい説明をしているように見えるかもしれないが、何らの説明もしていない。
これらの例のように、「それっぽいことを語っているように見える(聞こえる)が、その実、話の中身は薄く、たいしたことを語っているわけではない」ということは議論においても日常生活においても頻繁にある。
最近、とある有力政治家の発言を揶揄した「○○○構文」という言葉がインターネット上で流行っているが、「単なる再記述」はまさにそのようなものだ(この構文について知らない人は「政治家 構文」で検索してみてください。2021年8月26日時点では、○○○の正体と彼特有の構文の内容について知ることができます)。「○○○構文」は「(文章A)。だからこそ(文章A)。」というものである。「単なる再記述」は、結論と前提とで少しばかりニュアンスを変えているとはいえ、やはりこの構文と同じである。ニュアンスが異なるとしても、同じ内容の「言い換え」であることには変わりないのだ。
また、ここで大事なのは、引用内の最初の文の「前提として、具体的な独立した根拠を示すのではなく」という箇所である。つまり、適切な論証においては、前提は、(結論とは別個の)具体的な独立した根拠を示すものでなければならないということだ。結論と前提はそれぞれ別個の事象でなければならないのだ。そもそも論証とは、別個の事象の間に何らかの相関関係や因果関係があることを示すための手段である。だから、引用内のレオと医者のような発言は論証足り得ないのだ。
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