今回のテーマは「論証の前提を論証する」である。まずは引用から話を始める。なお、分かりやすくするために引用の文言に多少の変更を加えている。
ルール31:基本となる前提を論証で裏付ける
基本的なアイデアを論証形式にして書いたら、次に裏付けと展開が必要になる。あなたの意見に反対する人のために、そして、当該の問題について何も知らない人のためにも、たいていの場合、基本的な前提には裏付けとなる論証が必要だ。したがって、各前提はさらなる論証の結論となる。
(前提1)宇宙には私たちの太陽系以外にも数多くの太陽系が存在する。
(前提2)もし数多くの太陽系があるのなら、地球に似た惑星がある可能性が高い。
(前提3)もし地球に似た惑星があるのなら、そこには生命が存在する可能性が高い。
(結論)それゆえ、地球以外の惑星に生命が存在する可能性が高い。
この論証は、宇宙には私たちの太陽系以外にも数多くの太陽系が存在するという前提からはじまっている。科学論文や新聞記事などを引用することによって、次のように前提を裏付けられる。
2017年2月17日現在、パリ天文台の天文学ウェブサイト「太陽系外惑星エンサイクロペディア」は、惑星系を構成するものを含む3577個の太陽系外惑星をリストにあげている(http://exoplanet.eu/)。それゆえ、宇宙には数多くの太陽系が存在する。
二番目の前提は、もし数多くの太陽系があるのなら、地球に似た惑星がある可能性が高いとしている。さて、どのようにしてそれが分かるのか?裏付けとなる論証は?具体的な知識か調査あるいはその両方が必要だろう。普段から新しい情報に注意を向けている人ならば、色々な根拠を提示できるだろう。一般的には類推による論証が使われる。
私たちの太陽系は、巨大ガス惑星から岩だらけで水があり生命の生存に適した惑星にいたるまで、多種多様な惑星からなる。
私たちの知るかぎりでは、他の太陽系も私たちの太陽系に似ている。
それゆえ、私たちの太陽系以外にも太陽系があるのならば、地球に似ている惑星がある可能性が高い。
基本的な論証のすべての前提について、こんなかたちで続けていけばいい。各前提を裏付けるための適切な証拠が必要になるかもしれないし、証拠を探した結果として一部の論証や基本的な論証に多少の変化を加えることになるかもしれない。そうあるべきなのだ!良い論証には「流れ」があり、各部分が互いに影響し合う。これは経験して学んでいくことだ。
(前提1)海外へ出た学生たちは諸外国の文化のすばらしさを知る。
(前提2)海外へ出た学生たちは、訪問先の国々でいわば民間大使の役割を果たし、自国のすばらしさを広める。
(前提3)そうした相互理解は、国々が互いに依存しあっている世界において共存や協調を促進する。
(結論)それゆえ、もっと多くの学生を海外へ送りだすべきである。
上記の論証についても、同様にアプローチする必要があるだろう。たとえば、海外へ出た学生たちが諸外国の文化の素晴らしさを知ると考えられるのはどうしてか、そして、どのようにしてその考えを納得させるのか?各種の調査研究の結果を調べたり、専門家(交換留学プログラムを運営している人々や社会科学者など)に尋ねたりすれば役に立つだろう。ここでも、何らかの形で論証のつながりを埋める必要がある。二番目の前提についても同じことだ。どのようにして、海外へ出た学生たちは、訪問先の国々で「民間大使の役割を果たす」のか?
三番目の前提(相互理解がもたらすもの)は誤解されたり反論されたりする可能性が比較的低く、簡潔な論証を求めるのなら細部まで発展させる必要はないだろう(一つ憶えておきたい点は、全ての前提が展開や裏付けを必要とするわけではないということだ)。とはいえ、どのような恩恵が期待できるかを明確にすれば、論証の効力をより鮮明にできるだろう。たとえば、こんな具合だ。
(前提1)理解し評価することは美点を見ることであり、相手に会う以前から美点を期待することである。
(前提2)理解し評価することは喜びをもたらし、私たちの経験を豊かにする。
(前提3)異なる文化に美点を見たりそれを期待したりするとき、それらが自分の経験を豊かにするのを発見したとき、私たちは他者に対して厳しく偏狭な視野を持つことが少なくなり、国々が互いに影響し合う国際社会の中で共存や協調を図りやすくなる。
(結論)それゆえ、相互に理解を深め評価することは、国々が影響しあう世界において共存や協調を促進する。
これらの前提に具体的な例を付け加えれば、素晴らしい論証が出来上がる。
(アンソニー・ウェストン著・古草秀子訳『論証のルールブック(第五版)』(ちくま学芸文庫、2018年) p120~p124)
「基本的な前提には裏付けとなる論証が必要だ。したがって、各前提はさらなる論証の結論となる」。このことについては、過去の「根拠と前提の違い。根拠と前提のマトリョーシカ」(根拠と前提の違い。根拠と前提のマトリョーシカ。 | ギロンバ-議論場- (gironba.com))という記事においても触れている。持論を論証しようとするとき、その論証には、結論とそれを支持するいくつかの基本的な前提が必要となる。そして、それら基本的な前提の各々もまた、論証という作業を経る必要がある一つの結論であるのだ。
つまり、特定の結論を論証するために必要不可欠である各前提を一つずつ論証していかなければならないのだ。基本的に、一つの前提には一つ以上の論証(裏付け)が必要になると思っていただきたい。各前提には少なくとも一つ以上の「裏付けが必要な事象」が含まれているはずだ。ここでいう「裏付けが必要な事象」とは、「なぜ~なのか?」という疑問を投げかけることができる事象のことである。なぜ(どのようにして)それが事実であると判断できるのか?なぜそのように推論できるのか?なぜそのように考えることができるのか?それら判断や推論や考えが説得的であるとみなせるのはなぜか?というような各前提に含まれる数々の「なぜ~なのか?」という疑問に対して、主張者は論証作成の段階のうちにできるだけ回答しておかなければならない。その回答は、「前提内の事象が事実であること」を根拠・証拠や推論によって裏付けるものでなければならない。
勿論、上記の作業においては「具体的な知識か調査あるいはその両方が必要だろう」。そのためには、「各種の調査研究の結果を調べたり、専門家に尋ねたりすれば役に立つだろう」。信頼に足る情報源、すなわち信頼に足る書籍・文献や信頼に足る記事や信頼に足るサイトなどから適切に情報を引用する。大学や研究所やシンクタンクなどに在籍している専門家(博士などの学位保有者であることが望ましい)に質問する。特定の事象・問題の当事者・関係者に質問する。具体的な知識を得るための調査の方法は以上のように様々あるものだ。
論証を作成する際には、結論を支持する複数の前提を一つ一つ詳細に裏付けていく必要がある。さらに、各前提に具体的な例を付け加えることができれば申し分ない。以上の点をしっかりと遵守した論証は、「論証のつながりを埋め」られていて「流れ」のある良い論証であると言えるだろう。
また、ここで触れておかねばならないのは、「全ての前提が展開や裏付けを必要とするわけではないということ」である。時と場合にもよるのだが、議論の争点や論証の主題に直接には関係しない前提や、引用内にある通り「誤解されたり反論されたりする可能性が比較的低い」前提や「簡潔な論証」が求められる前提については、それほど深掘りしなくてもよいだろう。ただ、正直なところ、詳細に語るべきものとそうでないものとの区別を説明することはかなり難しい。この区別は、議論の場数を踏んでいくうちに、論証の経験を重ねていくうちに学んでいくものであると思う。「経験あるのみ」である。
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