【議論チェック】とは、インターネットやテレビで見かけた議論を筆者がチェックしていくという試みです。
今回は、とある討論番組で見かけた「死刑制度の是非」という議論をチェックしていく。以下がその議論の内容である。
議題:「死刑制度に賛成か反対か」
死刑が適用される犯罪は、ほとんど犯人が被害者に死を生じさせた犯罪です。被害者に死の結果を生じさせた以上、加害者は死をもって償うべきだと思います。
たしかに、遺族はやるせない想いでいっぱいだと思いますが、しかし死刑判決を行わないのが先進国のやり方なのです。
しかし、死刑には犯罪抑止効果もあると思います。もし死刑を廃止して、「殺人を犯しても生きていくことができる」という認識を持たれたら治安に悪影響だと思います。
死刑がない国もたくさんあります。死刑廃止国が多いヨーロッパで犯罪が多いかと言ったらそんなことはないです。
上のAさんとBさんのやり取りを見て読者のみなさんはどのように思っただろうか?「話が噛み合っていない」と思ったのではないだろうか?
Aさんは死刑一般のメリットを挙げており、Bさんは死刑に対する認識や死刑に関する実情を外国と比較しているのだ。両者とも「死刑」について話してはいるのだが、同じ対象について話しているわけではないのだ。 両者とも「死刑」を話題にしているので、発言の順番がAさんからBさんに移行した際に話が逸れていることに気づきにくい。
まず第一に改善すべきは、「議題設定」である。上の議論の議題は「死刑制度に賛成か反対か」である。当該討論番組では、この議題が与えられた直後に2人の論者が議論し始めるという形態を採っていた。これでは、一体「死刑の ”何” について」議論するのかが不明確である。死刑一般のメリット/デメリットについて話すのか?死刑をめぐる国際的な動向について話すのか?といったことが不明確なまま議論が始まったため、AさんとBさんはどちらも「死刑」について話しながらも、それぞれ異なったものを話題にしていたのである。
では、どうしたらよいのか?議題設定をより詳細にするべきだろう。「死刑制度に賛成か反対か」だけではなく、例えば、「日本は死刑制度を維持するべきか?なお今回は、死刑制度一般のメリット/デメリットや日本社会における死刑制度の評価・意義を議論の焦点とすることにします」や「死刑廃止国が多数を占める国際社会で日本は死刑制度を廃止すべきか?なお今回は、対外関係や国際社会の趨勢との兼ね合いを日本はどのように模索するのかということを議論の焦点とすることにします」というように議題を設定するべきだろう。
次に、個別の発言について見ていこう。
各発言を個別に見てみると、AさんよりもBさんの発言の方に問題が含まれているように思う。「死刑判決を行わないのが先進国のやり方なのです」と述べているが、そのように述べるのであれば、先進国が死刑制度を廃止・中止すべき理由を明確にするべきだろう。というか「先進国」にどのような国が含まれるのかを具体的に説明するべきだろう(G7やOECDなど色々あるはずだ)。
同じく、「死刑がない国もたくさんあります」と述べるのであれば、死刑廃止国・中止国の数を提示するべきである。 そして、「死刑廃止国が多いヨーロッパで犯罪が多いかと言ったらそんなことはないです」というのは極めて曖昧な発言である。「死刑廃止国が多いヨーロッパ」と述べるのであれば、”ヨーロッパ” の範囲を明確にして(EU加盟国に限定するなどして)、その内の何か国が死刑廃止国・中止国であるのかを明示するべきだろう。「ヨーロッパで犯罪が多いかと言ったらそんなことはない」と述べるならば、まず「”何の” 犯罪」なのかを明確にし、つまり犯罪の範囲を明確にし、(先程、範囲を明確にした)ヨーロッパにおいてそれらの犯罪が年間で何件発生しているのかを明示するべきだろう。