東京オリンピック2020開催に反対していた人が競技を応援してはいけないのか?

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ギロンバ フォーラム オリンピック 東京オリンピック2020開催に反対していた人が競技を応援してはいけないのか?

  • このトピックには1件の返信、1人の参加者があり、最後にかなたにより2年、 7ヶ月前に更新されました。
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    トピック
  • #947 返信
    かなた
    参加者

     東京オリンピック2020の開催をめぐって開催賛成派と反対派の論争があったことは記憶に新しい。結果的にオリンピックは開催され、現在も選手たちの活躍が連日注目を集めている。

     しかし、一方で、オリンピック開催に反対していた国会議員がTwitter上でオリンピアン(出場選手)の健闘をたたえたことに対して、矛盾やダブル・スタンダードを指摘する声があるそうだ。オリンピック以前は開催に反対していたのに、オリンピックが開催されてからは競技を楽しんで観戦し、そのことをインターネット・SNS上で発信している。これは矛盾である。一貫性が無い。そのような声があるらしいのだ。

     そうした声が一体どれほどあるのかは実際分からないし、この問題に関する報道も一体どれほどあるのかも分からない。正直、それらの報道の中には信頼できる情報源とはみなせないものもある。
     
     加えて、この問題は、政治家の発言に対する矛盾や一貫性の欠如の指摘であるので、一般人にはあてはまらないものなのかもしれない。政治家、ひいては公人や有名人に特有のものなのかもしれない。

     ただ、この問題は、「矛盾」や「一貫性」について考えるきっかけになるようなものだと思っている。「矛盾」や「一貫性」というものを人々はどのように認識しているのかということをみんなで学びたい。

     ということで、オリンピック開催をめぐる論争と競技観戦を楽しむことの関連を検討することで、矛盾や一貫性についての洞察を深めていきたい。

     勿論、是か非かという意見でなくてもよい。むしろ、是か非かという単純な二項対立の視点だけでは捉えきれない問題・事象であると思う。一応、下記の「争点」の項では、問題を分かりやすくするために「是か非か」的な視点を提供しているが、必ずしも二者択一ではないということに注意して頂きたい。

     また、下記の「参考文献・資料」の項に提示した情報源は信頼に値しないものを含んでいる可能性が高い。しかし、何かを主張するための根拠として提示しているのではなく、「矛盾」や「一貫性」について考察するための “きっかけ” として提示しているに過ぎない。それゆえ、情報源の信頼性が少々欠如していても問題はないと私は判断している。もし、この点に関して意見がある方は遠慮なく言ってほしい。

    争点東京オリンピック2020の開催反対派の立場をとっていた人が、開催中に選手の健闘をたたえることは、「矛盾をきたしている」「一貫性を欠いている」とみなせるのか。
     
     みなせるとしたら、開催の是非をめぐる論争と開催中(開催後)の競技観戦の態度とが同列の問題であるとみなせる理由とは何か。そこにはどのような一貫性が存在しているのか。
     
     みなせないとしたら、開催の是非をめぐる論争と開催中(開催後)の競技観戦の態度とが別物の問題であるとみなせる理由とは何か。矛盾していないと言えるのはなぜか?
    参考文献五輪中止論の蓮舫氏「反対なら応援するな、ではない」(産経新聞)https://news.yahoo.co.jp/articles/c3d2eceda13f2ee87e3c339bd80c0a20add04b91

    「五輪開催を批判したならテレビ見るな!」(東スポWeb)鈴木宗男氏が蓮舫氏に怒りあらわhttps://news.yahoo.co.jp/articles/8e674f2aab7876eb4a120b14bf0b504e2487c0d3

    東京五輪、やはり開催してよかった…「中止」を訴えてきた野党とマスコミの「今後」(現代ビジネス)https://gendai.ismedia.jp/articles/-/85559?page=3
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  • #948 返信
    かなた
    参加者

     一般人かそうでないかに関わらず、オリンピックの開催に反対していた人でも、競技そのものや選手へ好意的な態度を向けてもよいと私は考えている。

     なぜなら、オリンピックの開催をめぐる論争でどのような立場をとったかということと、観戦することや選手への態度がどのようなものであるのかということは別の事柄であると考えるからだ。オリンピック開催以前は、たしかに開催の是非に関して論争があった。その際、開催反対派は主にオリンピック委員会や行政に批判の矛先を向けていたはずだ。なぜなら開催の有無を決定するのは彼らだからだ。選手に批判の矛先を向けていたわけではない。というか、選手に批判の矛先を向けても仕方がない。なぜなら開催の有無を決定するのは彼らではないからだ。彼らはオリンピックに出場するだけなのだ。大会の運営には直接的に関係しない。それゆえに、開催をめぐる論争における立場とオリンピアンに向ける態度の間には直接的な関連が無いと言える。開催反対派の立場をとっていた(とっている)としても、競技そのものや選手に対しても否定的であるわけでは必ずしもない。大会の開催の有無や大会の在り方は、競技に参加するだけの選手とは無関係である。

     また、今回の論争においては、あくまで「“コロナ禍という状況下での” 東京オリンピック2020の開催の是非」が主眼であり、「オリンピックという大会そのものの是非」が主眼ではなかったはずであり、東京オリンピック2020に反対することは必ずしもオリンピックという大会そのものを反対することを意味しないし、オリンピックにおける選手の活躍に否定的であることも意味しない。オリンピックに対して好意的な印象を抱いている人でも、コロナ禍という状況下でオリンピックを開催することには否定的であるという人も多いのではないかと思う。このような人が開催反対派に多く含まれていると考えても不思議はない。

     結論を改めて提示する。開催に反対していたことと競技そのものや選手へ好意的な態度を向けることの間に矛盾はない。両者は同列の(同じ基準に則っている)問題ではなく、別物の問題である。それゆえに、開催に反対していた議員に対して「一貫性がない」や「ダブル・スタンダードだ」といった反論は妥当ではない。

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