今回と次回で、とある医療関係者(以下、「筆者」と呼称する)が投稿した「ワクチンで死ぬ子供たち」という見解について検討してみることにする。以下がその内容である。
1.「ワクチンで死ぬ子供たち」「コロナワクチンを打った高校生のなかには、すでに死亡者が出ている」
現時点(2021年9月22日時点)では、新型コロナウイルスワクチン接種と死亡事例の因果関係は不明または否定的であるとされている。このことに関しては、以下の情報源を参考にしていただきたい。
・新型コロナワクチン接種後の死亡として報告された事例の概要 (コミナティ筋注、ファイザー株式会社)000830623.pdf (mhlw.go.jp)
・新型コロナワクチン接種後の死亡として報告された事例の概要 (モデルナ筋注、武田薬品工業株式会社) 000830624.pdf (mhlw.go.jp)
・副反応疑い報告の状況について000830630.pdf (mhlw.go.jp)
・新型コロナワクチンの接種が原因で多くの方が亡くなっているというのは本当ですか。|新型コロナワクチンQ&A|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
・新型コロナワクチンの動物実験で全ての動物が死んだというのは本当ですか。|新型コロナワクチンQ&A|厚生労働省 (mhlw.go.jp) ・ワクチン接種後死亡1002人「接種と因果関係」結論づけられず | 新型コロナ ワクチン(日本国内) | NHKニュース
2.「マスコミで報道されていない。無論、報道規制である」「報じない」
「報じない」ことは確かめることができない。ましてや「報道規制」されていることなど確かめようがない。どうして「報道規制」されていることが分かるのだろうか?もしかしたら筆者は、報道規制の存在を知ることができる特別の地位にある者なのかもしれない。しかし、一般的に「報じない」ことや「報道規制されている」ことを裏付けることは極めて難しいだろう(特に、大多数の庶民にとっては)。
無論、自分の見聞きしたことが報道されていないということはあるかもしれない。ただ、往々にして個人の体験や見聞は、ある事象の一部の側面を反映するに過ぎない。事象の全体を語るには、一個人の見聞では不十分過ぎる。
また、「報じていない」可能性や「報道規制されている」可能性も否定できない。ただ、筆者はそれらの可能性が高いということの証拠を提示するべきである。
もし、明確な証拠を提示しないまま、「報道されていない」「報道規制されている」などと簡単に言えてしまえば、真偽・正誤不明なことを何でも際限なく言えてしまう。自分の発言には責任を持たなければならない。発言には発言者による説明責任が伴う。自分の意見や主張を発する際には、この点に注意しよう。
3.「N高校2年生~」
この箇所で話されているのは、伝聞や噂などの真偽・正誤が極めて曖昧な話である。たとえ真実であったとしても一部の地域の限定的な話である。「2.」でも述べたが、(たとえこの箇所の話が真実であるとしても)自分の見聞だけで全体を語ることはできない。にもかかわらず、「各私立高校で1、2人の死者が出ているとすれば、全国的には相当数の高校生が死んでいると思われる」という極めて曖昧で主観的な前提・推論に立脚する記述がなされている。
また、この箇所にある内容を裏付けるような報道は見つからなかった。そもそも「1.」で示したように、新型コロナウイルスワクチン接種と死亡の因果関係は現時点(2021年9月22日)では不明または否定的であるとされているし、ましてや「2.」で述べたように、「報道されていない」「報道規制されている」とみなすこともできない。
4.「健康な10代男性は新コロに感染して~」「市長のツイートのすぐ下に、リツイートで~」
この箇所は、神戸市長のツイートのリプライ欄に投稿されたリツイートを示している。筆者は、このリツイートを根拠に、新型コロナウイルスワクチン接種によって高校生などの若者が死んでいるということ、新型コロナウイルスに感染するよりもワクチンを接種する方が危険であるということを主張したいようだ。だが、何度も言及しているようにワクチン接種と死亡の因果関係は現時点で不明である。そして、このリツイートの内容には不確定要素が含まれているのだ。
以下に示すのがこのリツイートの内容である。
これは、とある医療専門家(医療分野の権威者)の意見ではあるものの、彼は未確定の情報・限定的な情報に依拠している。そのことについて以下で確認していこう。
まず、ツイートに掲載されているURL(「10代男性、ファイザー製ワクチンの副反応がコロナ入院の確率より4~6倍高い」 | Joongang Ilbo | 中央日報 (joins.com))を訪れてみた。すると、中央日報のこの記事はイギリスのガーディアン紙の記事内容を二次的に記事化していることが分かった。
ただ、そのガーディアン紙の元の記事のURLが示されていなかったので、「英紙ガーディアンが(9月)13日に伝えたところによると」「トレイシー・ホウ博士の研究チーム」「心筋炎」などの文言をヒントに元の記事を探してみた。すると、(13日ではなく)9月10日のBoys more at risk from Pfizer jab side-effect than Covid, suggests study | Coronavirus | The Guardianという記事を発見した。では、次にこの記事を確認してみよう。
この記事の6段落目に、“In the latest study, which has yet to be peer reviewed, Dr Tracy Høeg at the University of California and colleagues analysed adverse reactions to Covid vaccines in US children aged 12 to 17 during the first six months of 2021.” という文章がある。この文章のはじめの方に “which has yet to be peer reviewed,” =「まだ査読がなされていない」と書いてある。この記事で取り上げられているDr Tracy Høeg(トレイシー・ホウ博士)のこの研究・調査はまだ査読が行われていないらしい。ちなみに、「査読」とは「学術誌に投稿された学術論文を専門家が読み、その内容を査定すること」(査読とは何? Weblio辞書)である。
また、7段落目に “How reliable the data is and whether similar numbers could be seen in the UK if healthy 12 to 15-year-olds are vaccinated are unclear: vaccine reactions are recorded differently in the US and shots are given at longer time intervals in the UK. According to the UK medicines regulator, the rate of myocarditis after Covid vaccination is only six per million shots of Pfizer/BioNTech.” =「このデータがどの程度信頼できるものなのか、また、イギリスでも健康な12~15歳の子供にワクチンを接種した場合に(アメリカと)同様の数字が出るのかどうかは不明である。なぜなら、アメリカにおけるワクチン接種後の反応の記録・集計方法が(イギリスと)異なるし、(一回目と2回目の)接種の間隔がイギリスの方が長いからだ。the UK medicines regulatorによると、Covid-19ワクチン接種後の心筋炎の発症率は、ファイザー社/バイオンテック社(製のワクチン)では、接種100万回あたりわずか6件である」と書いてある。
つまり、トレイシー・ホウ博士の当該研究・調査は未だ査読がなされておらず、この研究・調査で得られたデータにどれほどの信頼性があるのか、アメリカ以外の国・地域でもアメリカと同様の傾向性が見られるのかどうかは現時点(イギリス時間2021年9月10日時点)では不明であるというのだ。
この記事の12段落目では、MHRA(Medicines and Healthcare Products Regulatory Agency、(イギリス)医薬品・医療製品規制庁)の “We have concluded that the Covid-19 vaccines made by Pfizer/BioNTech and Moderna may be linked with a small increase in the risk of these very rare conditions. The cases tended to be mild and the vast majority recovered with simple treatment and rest,” =「我々は、ファイザー社/バイオンテック社およびモデルナ社製のCovid-19ワクチンが、これらの非常に稀な症状が起こるリスクをわずかに増加させる可能性があると結論づけた。症例は軽度の傾向があり、大半は簡単な治療と安静で回復した」という言葉も紹介されている。
広報担当者によると、この研究・調査に関して、イギリス政府の独立系諮問機関the Covid-19 vaccines benefit risk expert working group は、“the interpretation of the findings was limited by the fact that the study did not take into account differences in treatment practices when comparing hospitalisation rates between Covid-19 infections and myocarditis and pericarditis presenting post-vaccination, and there was no assessment of severity and duration of illness after admission.” =「Covid-19感染症とワクチン接種後に発症した心筋炎・心膜炎との入院率を比較する際に、治療方法の違いを考慮していないこと、入院後の重症度や罹患期間の評価が行われていないことなどから、結果の解釈には限界がある」としているという。
以上を鑑みれば、現時点でこの研究・調査に依拠するのは時期尚早ではないかという疑念が生じてくる。なぜならこの研究・調査は未だ査読を経ておらず、結果の解釈に限界があることも示唆されているからだ。また、この研究・調査で得られた数字や傾向がイギリス、そして日本でも得られるのかどうか不明であるからだ。
この研究・調査に依拠してツイートした医療専門家と、その医療専門家のツイートに依拠して主張を展開している筆者。両者の主張の是非は分からないが、両者とも少なくとも未確定の情報に依拠している。主張が未確定情報や信頼性に疑義が呈されるような情報・情報源に依拠するものであると、(たとえ主張の内容が妥当であるとしても)それだけでその主張の妥当性や信頼性が損なわれてしまう。主張はあくまで「内容」と「裏付け」で構成されている。どちらか一方を欠けば、それだけで主張は瓦解してしまう。「内容」と「裏付け」は主張の両輪なのだ。何かを主張したり、何かを論じたりする際にはこの点に注意しよう。
ちなみに、新型コロナウイルスワクチン接種と心筋炎または心膜炎の関連についての検討内容は、以下の情報源で確認できる。
ワクチンを接種すると心筋炎や心膜炎になる人がいるというのは本当ですか。|新型コロナワクチンQ&A|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
第62回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、令和3年度第11回薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会(合同開催) 2021(令和3)年6月23日 副反応疑い報告の状況について 000796562.pdf (mhlw.go.jp)15ページ目以降
第68回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会、令和3年度第17回薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会(合同開催) 2021(令和3)年9月10日 副反応疑い報告の状況について 000830630.pdf (mhlw.go.jp) 16ページ以降
〃 心筋炎関連症例一覧(医療機関からの報告) 報告日 2021年2月17日~2021年8月22日 000830631.pdf (mhlw.go.jp)
今回は1~4について検討した。次回は5~について検討する。
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