真でも偽でもあり得るから断定できない/「等しさ」にも色々な意味がある【前件否定/多義による虚偽】

詭弁・誤謬
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 今回のテーマは「前件否定/多義による虚偽」である。まずは「前件否定」という誤謬から説明しよう。以下は引用である。

前件否定

 次のような誤った推論形式のこと。

 (前提1)もしpならばqである。

 (前提2)pではない。

 (結論)それゆえ、qではない。

 妥当な推論形式である後件否定は、後件を否定する。だが前件を否定するのは、妥当でない推論形式だ。たとえ前提が真でも、結論が真であるとは保証されない。例えば、次のようになる。

 (前提1)道路が凍っていると、郵便が遅れる。

 (前提2)道路は凍っていない。

 (結論)それゆえ、郵便は遅れない。

 道路が凍っていれば郵便の配達は遅れるだろうが、郵便の配達が遅れる理由は他にもある。この論証は別の説明を見過ごしている。

(アンソニー・ウェストン著・古草秀子訳『論証のルールブック(第五版)』(ちくま学芸文庫、2018年) p183~p184)

 「前件肯定」や「後件否定」が妥当な推論形式である。「後件肯定」や、今紹介している「前件否定」は妥当な推論形式ではない。誤謬や詭弁であるのだ。このことをしっかりと覚えておこう。妥当な推論においては、前件は肯定するものであり、否定するものではない。後件は否定するものであり、肯定するものではない。そのように理解していただきたい。

 引用内の例で言えば、前件肯定する場合、前件の「道路が凍っている」という前提が真であるならば、「郵便が遅れる」という結論もまた真であると考えられる。「道路が凍っているから郵便が遅れる」と言うとき、(たとえ「道路が凍っている」以外の遅刻の要因が存在しようとも)「道路が凍っている」という前提は、主要な理由として「郵便が遅れる」という結論・結果を適切に説明している。

 しかし一方で、前件否定する場合、前件の「道路が凍っている」という前提が偽であるとしても、「郵便が遅れる」という結論は真でも偽でもあり得る。というのも、「道路が凍っていれば郵便の配達は遅れるだろうが、郵便の配達が遅れる理由は他にもある」からだ。たしかに、道路が凍っていることは遅刻することの主要な要因であるのかもしれないが、その主要な要因を否定したとしても、まだ別の可能性は存在している。つまり、前件否定という推論形態は説明不足なのである。

 次に、「多義による虚偽」について説明する。以下は引用である。

多義による虚偽 

論証の途中で言葉の意味を転じてしまうこと。

女性と男性は、そもそも肉体的にも精神的にも異なる存在だ。だから、女性と男性は「等しく」はなく、それゆえ、法律は両者を等しく扱うべきではない。

この論証の場合、前提と結論とでは「等しく」の意味するところが違っている。たしかに、単純に「同一である」という意味では、男性と女性は「等しく」ない。だが法律が言う「等しさ」は、「肉体的及び精神的に同一であること」ではなく、「同じ権利及び機会が与えられること」を意味している。だから、「等しさ」の意味合いの違いを考慮して言い換えれば、こんな論証が考えられる。

 女性と男性は、肉体的にも精神的にも等しい存在ではない。それゆえ、女性と男性は同一の権利や機会が与えられていない。

 多義による虚偽が取り除かれてみると、この論証の前提は、結論を裏付けていないどころか、まるで関連が無いと分かる。肉体的及び精神的に異なることが、どうして権利や機会の付与に関連しているのか、その理由は全く示されていない。

(アンソニー・ウェストン著・古草秀子訳『論証のルールブック(第五版)』(ちくま学芸文庫、2018年) p185~p186)

 これはよく見られる誤謬・詭弁である。たしかに、言葉というものは実に多種多様な意味・ニュアンスから構成されていて、一つの単語の中に複数の多種多様な意味・ニュアンスが含まれることも多々ある。しかし、そうであるからこそ、「論証の途中で言葉の意味を転じて」はいけないのである。論証の途中で言葉の意味を転じると、その論証について議論参加者間で認識の齟齬が生じてしまう。また、論証の途中で言葉の意味を故意に転じることで、聞き手の認識を欺き、主張者が自身に都合の良い主張を展開することができてしまうのだ。

 議論や論証の中で使用する言葉は、議論や論証の最初に定義したら、それ以降はその定義を変えてはならないのである。また、引用内の例のように、一つの論証の中で同一の言葉を複数回使用する場合には、その言葉を一貫した意味・ニュアンスで使用しなければならない。意識的か無意識的かを問わず、一つの論証においては言葉の意味を途中で転じてはならないのである。

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